かながわ福祉ビジョン2040(創立25周年記念事業)
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それぞれの部局が業務をゆずりあい、制度からこぼれ落ちる問題があちこちで起こっています。 この三つの問題、1)申請主義の壁、2)上下関係の壁、3)消極性の壁は、私たちの社会が大きな変容を遂げつつある今日において、深刻さの度を増し、社会保障制度そのものを機能不然にさせつつあります。社会保障を根底から変えていくことの必要性を知るために、以下、この三つの壁について、もう少し踏みこんで見ていきましょう。 11))申申請請主主義義のの壁壁::ササーービビススへへののアアククセセスス保保障障へへ 高度経済成長期のように、経済が持続的に成長し、昨年よりも今年、今年よりも来年に所得が増えていくと予想できる時代には、申請主義はそれなりに機能していました。 なぜなら、サービスにアクセスできない人がいたとしても、中間層の生活は安定していましたから、大多数の人たちが暮らしていくための「必要(ニーズ)」を自分自身で満たせていましたし、敗戦後の貧しさを知る人たちが大勢いて、低所得層に対する寛容さもそれなりに存在していたからです。あるいは、コミュニティもいまよりもしっかりとしていましたから、地域の支えあいが人びとの困りごとを和らげることも期待できた、というメリットもありました。 ところが、次第に貧困の記憶が社会から消え、経済が長期的に停滞していくと、サービスにアクセスできない人たちは可視化され、反対に、弱い立場に置かれた人たちへの優しさは失われていってしまいました。 平成期のデータを見てみましょう。 勤労者世帯の収入のピークは 1997 年、それ以降、所得の停滞が続き、平成はおろか、令和になった現在でも、97 年の収入水準をこえられずにいます。家族モデルの主流が、「専業主婦世帯モデル」から「共稼ぎ世帯モデル」に変わってしまったにもかかわらず、です。 雇用も不安定化し、非正規労働の割合が、平成元年の 20%から平成 31 年には 40%へと倍増してしまいました。これを受けて、低所得層の割合も再び増加をはじめています。平成 31 年には、世帯年収 300 万円以下が全体の 31%、400 万円以下が 45%を占めるようになり、平成元年とほぼ同じ比率に戻ってしまったのです。 貯蓄率も減少の一途をたどっています。金融広報中央委員会の調査では、2 人以上世帯の3割、単身世帯の5割が「貯蓄なし」と回答しています。みなさんは、老後の備え、子どもの学費、大きな病気をしたときの備えをどうしていますか。おそらく貯蓄のはずです。それなのに貯蓄ができない人が大勢いる社会が生まれてしまったのです。 中間層にとって、自己責任で生きていく、暮らしていくことがむつかしい状況が生まれますと、低所得層に対する寛容さは失われます。International Social Survey Programme の調査や OECDの報告書を見ますと、日本で貧しい人たちの暮らしの保障や、失業者の生活の保障を「政府の責任だ」と考える人の割合は、国際的にみて明らかに低く、税や給付をつうじた格差の是正効果にいたっては、先進国で最低レベルだということが分かります。 「分断社会」という言葉が知られるようになって久しいですが、弱い立場に置かれた人たちへの無関心は、まさに「分裂の危機」ともいうべき社会現象を引き起こしています。 現状がこのようだとすれば、私たちは、自己責任で生きていくことを前提にするのではなく、サービスへのアクセスをより確かなものにしていく必要があります。 それには、大きくふたつの方向性を考えることができます。 ひとつは、いまある社会保障へのアクセスを強化する方法です。たとえば、障がいを持つ人たちに対して、支援計画を作成したり、関連機関との連絡・調整を行なったり、家族も含めて助言をしたりといった「相談支援」を充実する方法はどうでしょうか。 あるいは、義務教育というサービスにアクセスできていない子どもたちのために、学校にスクールカウンセラーを設置するという近年の動きもこれに含めることができるでしょう。さらにい- 35 -えば、生活保護の申請を手伝ったり、住まいをなくした人たちの入居を手助けしたりする NPO 活動などに補助を行うことも検討に値するのではないでしょうか。

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